大判例

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福岡高等裁判所 昭和49年(ネ)562号 判決

控訴人

日田商事株式会社

右代表者

吉川秀雄

右訴訟代理人

安田幹太

外三名

被控訴人

国際航業株式会社

右代表者

桝山健三

右訴訟代理人

朝山豊三

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、訴外西島生二が、別紙目録記載の建物について福岡法務局西新出張所昭和四七年四月六日付をもつてなされた同人のための所有権保存登記の抹消登記手続をなすことを承諾せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

(控訴人の請求原因)

(一)  控訴人は、昭和四七年三月一三日別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)をその敷地とともに訴外西島生二(以下西島という。)から代金一、〇〇〇万円で買受けた。

(二)  本件建物は未登記であつたので、控訴人は昭和四七年三月二四日福岡法務局西新出張所に対し本件建物の表示登記並びに所有権保存登記の申請をなし、これは同出張所昭和四七年三月二四日受附第一二、七六三号として受理された。

(三)  一方、その後被控訴人から福岡地方裁判所に本件建物が西島に所有であるとして、被控訴人の西島に対する債権につき本件建物に対して仮差押命令の申請がなされたが、右裁判所は同申請を認め昭和四七年四月四日本件建物に対して仮差押決定をなし、同月六日福岡法務局西新出張所にその旨仮差押の登記嘱託(以下本件登記嘱託という。)をなし、これは同出張所昭和四七年四月六日受附第一五、四七一号として受理された。

(四)  福岡法務局西新出張所の登記官は、本件登記嘱託の受附番号が控訴人のなした右登記申請の受附番号より後順位であるにも拘らず、不動産登記法第四八条の規定に違反して本件登記嘱託を優先し、これに基づき昭和四七年四月六日本件建物につき仮差押の登記をするため、その前提として職権により表示の登記並びに西島名義の所有権保存登記(以下本件保存登記という。)をなしたうえ、被控訴人を債権者とする仮差押の登記(以下本件仮差押登記という。)をなし、かえつて同月二八日受附番号の先順位である控訴人の登記申請を二重登記となるとの理由で同法第四九条第二号により却下した。

(五)  本件保存登記は、右のとおり不動産登記法第四八条に違反してなされた無効な登記であるから、先順位の登記申請人である控訴人は、登記名義人である西島に対し本件保存登記の抹消登記手続をなすことを求める権利を有するものである。

そもそも、不動産に関する物権の得喪変更は同法の定めるところに従つてその登記をなさなければこれを以つて第三者に対抗することができないことは民法第一七七条が明示するところであり、同一の不動産に関して登記した権利の順位につき法律に別段の定めがないときはその順位は登記の前後によることは不動産登記法第六条の定めるところである。

従つて一筆の土地につき一登記用紙を用いることも、登記は受附番号の順序に従つてなすことを要するのも、すべて順序に従つて不動産物権の対抗力を正当、公平に保持するための一貫した要請から来るものに外ならない。

もし、先に受付けられた登記申請による登記が登記官の過誤によつて理由もなく遅らされている間に、仮に受付けられた登記申請による登記がなされたため先順位の登記申請が却下されたとしたら、先順位の登記申請人は遂に対抗力を得るに至らず、結局は不動産物権を得ることができない結果となる。この場合先順位の登記申請人は登記官に対する損害賠償を求める道が残されているとしても、それだけでは救済として不十分である。

我国法上登記の前後によつて不動産物権の得喪の対抗力が決定されるのが大原則である以上、これを乱した登記は登記としての効力を否定されるべきものといわざるを得ないので受附の順序に従つて登記がなされたと同じ状態に回復されるべきものである。

なるほど、不動産登記法によれば、登記官の職権による抹消登記の方法は限定されているかも知れない。それならば登記官の過誤により登記して貰えなかつた先順位の登記申請人を原告(登記権利者)とし、誤つて登記して貰つた後順位の登記申請人を被告(登記義務者)として誤つてなされた登記の抹消登記を判決によつて求めることが許されなければならない。

そうしなければ登記官の故意または過失による過誤の登記を永久に存続させることとなり著しく正義に反する。

本件においては、登記官の過誤により、後順位の本件登記嘱託に基づいて、仮差押登記がなされる前提として西島を所有者とする本件保存登記がなされたものであるから、右に述べた法理は、本件仮差押登記だけでなく本件保存登記についても同様にあてはまるものである。

(六)  そこで、本件建物の登記上の仮差押債権者である被控訴人は、西島が被控訴人に対する義務の履行として本件保存登記の抹消登記手続をなすに当つては、不動産登記法第一四六条にいわゆる登記上利害の関係を有する第三者として、控訴人に対しこれを承諾する義務を負うものである。

(七)  よつて控訴人は被控訴人に対し、西島が本件保存登記の抹消登記手続をなすことの承諾を求める。

(請求原因に対する被控訴人の答弁)

(一)  請求原因(一)の事実は不知。

(二)  同(二)(三)の各事実はいずれも認める。

(三)  同(四)の事実中、福岡法務局西新出張所登記官が本件登記嘱託に基づき、昭和四七年四月六日、本件建物につき仮差押の登記をするため、その前提として職権により表示の登記並びに本件保存登記をなしたうえ、本件仮差押登記をなし、同月二八日受附番号の先順位である控訴人の登記申請を二重登記になるとの理由で不動産登記法第四九条第二号により却下したことは認めるが、登記官の右登記処分が同法第四八条に違反する旨の主張は争う。

(四)  同(五)、(六)の主張はすべて争う。

1  不動産登記法第四八条は、先順位の受附番号を有する登記申請が適法有効な場合にのみ適用があるものと解すべきである。

ところで、控訴人の登記申請は当初より同法第四九条各号の却下事由のいずれか一以上に該当(登記官の実地調査の結果少くとも同条第一〇号の却下事由に該当することが判明した。)する不適法なものであつたから、同法第四八条適用の余地はなく、従つて、本件保存登記、本件仮差押登記は何ら同条の規定に違反しないものである。

2  仮りに登記官の前記登記処分が不動産登記法第四八条の規定に違反するものであつたとしても、本件のように受附番号の後順位の登記申請が先順位の登記申請に先行して一旦登記されてしまつた以上は、その登記は既に有効な登記としての効力を備えたものというべきであるから、本件保存登記は抹消されるべきいわれがない。

3  よつて、被控訴人には本件保存登記の抹消登記手続についてこれを承諾すべき義務はない。

(証拠関係)〈略〉

理由

一〈証拠〉を総合すると、請求原因(一)の事実が認められ、同(二)、(三)の各事実並びに同(四)の事実中、福岡法務局西新出張所登記官が本件登記嘱託に基づき、昭和四七年四月六日、本件建物につき仮差押の登記をするため、その前提として職権により表示の登記並びに本件保存登記をなしたうえ、本件仮差押登記をなし、同月二八日、受附番号の先順位である控訴人の登記申請を二重登記になるとの理由で不動産登記法第四九条第二号により却下したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二被控訴人は、控訴人の右登記申請は当初より不動産登記法第四九条各号の却下事由のいずれか一以上、少くとも第一〇号に該当する不適法なものであつた旨主張しているけれども、成立に争いがない甲第二号証(福岡法務局西新出張所登記官片峯文吉の昭和四七年四月二八日附決定書)に控訴人の登記申請却下の事由として、「昭和四七年三月二四日受附第一二、七六三号建物表示登記申請事件は、(昭和四七年四月一一日実地調査)二重登記となるので、不動産登記法第四九条二号の規定により却下する。」と記載されていること並びに原審証人片峯文吉、同元田雅敏の各証言によると、同登記申請は、前記本件仮差押登記等がなされるまでは、右却下事由のいずれにも該当せず、適法なものであつたと推認されるものである。

三そうすると、福岡法務局西新出張所登記官が受附番号において控訴人の登記申請より後順位の本件登記嘱託に基づいてなした本件仮差押登記並びにその前提としての本件保存登記は、いずれも不動産登記法第四八条の規定に違反してなされた登記となる。

四そこで控訴人が西島に対して本件保存登記の抹消登記手続を請求する権利を有するか否かについて検討する。不動産登記法第四八条は旧登記法取扱規則第九条の「登記官ハ受附番号ノ順次ニ従ヒ願人ヲ取調へ証書類ヲ審査シ登記ノ手続ヲ為ス可シ」の規定を踏襲し「登記官ハ受附番号ノ順序ニ従ヒテ登記ヲ為スコトヲ要ス」と規定しているが、その規定の沿革、文言からして専ら登記官の登記事務取扱に当つての職責を定めた職務規定であることが明らかであつて、これに違背してなされた登記の効力並びにその登記された権利の順位を左右する規定ではないものと解される。

従つて、不動産登記法第四八条の規定に違反してなされた登記であつても、これによりその登記が無効となるものではなく、既に登記された以上登記それ自体は適法な登記としての効力を具有するものであつて、権利の順位は同法第六条により現実に登記簿に記入された登記の前後によつて決定されることには何ら変りがないものというべきである。

而してこの場合、受附番号の先順位の登記申請人に後順位の登記申請(嘱託)に基づいてなされた登記の登記名義人に対して抹消登記手続を求める権利が発生するものと解することはできない。

そうであれば、本件においても、受附番号の先順位の登記申請人である控訴人は、後順位の本件登記嘱託に基づいてなされた本件保存登記の登記名義人である西島に対して、受附番号が先順位であることを理由としてその抹消登記手続を求める権利を有しないものといわなければならない。

五以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人は被控訴人に対し、西島が本件保存登記の抹消登記手続をなすことの承諾を求める権利を有しないものというべきである。

よつて、本訴請求は、理由がないものであり、これを棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤秀 諸江田鶴雄 森林稔)

物件目録〈省略〉

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